ジョンウィックパラベラムがひどい?低評価の理由と真実を徹底考察

ジョンウィックパラベラムがひどい?低評価の理由と真実を徹底考察 アクション

映画ジョン・ウィックシリーズの第3作目となる本作ですが、鑑賞後にジョンウィックパラベラム ひどいと感じて検索してしまった方もいるのではないでしょうか。

第1作や第2作のスタイリッシュなアクション路線を期待していた人にとって、物語のあらすじが迷走しているように見えたり、ウィンストンの行動をめぐる終わり方に納得がいかなかったりと、モヤモヤする要素が多かったかもしれません。

さらに、極端に見える日本描写や忍者の登場、そしてキアヌの動きの変化を指摘する声など、つまらないと感じてしまうポイントもいくつか見受けられます。

砂漠でのエピソードを意味不明だと思ったり、ハルベリーと犬のシーンが長すぎると感じたりするのも無理はありません。私と一緒に、なぜ本作がそのような評価を受けることがあるのか、その理由を一つずつ紐解いていきましょう。

  • ストーリーが停滞して見える構造的な問題
  • アクションの過剰演出による疲労感の正体
  • 日本描写やキャラクター設定に対する違和感
  • キアヌの身体的な変化を感じたという声と演出の影響

ジョンウィックパラベラムがひどいと評される理由

シリーズを通してのファンほど、本作に対して「何かが違う」という違和感を抱きやすい傾向にあります。ここでは、多くの視聴者がネガティブな感想を持つに至った具体的な要因を深掘りしていきます。

ストーリーが進まないあらすじへの批判

本作のあらすじを振り返ってみると、物語の進み方が遅く感じられるという見方があることに気づかされます。ジョンは命を守るためにカサブランカへ飛び、過酷な砂漠を越えて暗殺者連合の首領である長老に会いに行きます。

そこで大切な結婚指輪を差し出し、自らの薬指を切り落とすという大きな犠牲を払いました。しかし、ニューヨークに戻ると結局はウィンストンを殺す指令を拒否し、連合と戦う決意をします。

結果として、物語の最初と最後でジョンの立ち位置が大きくは変わっていないように見えることが、視聴者に徒労感を与えたと受け止められることがあります。

この「円環的な構造」は、次回作への繋ぎとしては機能しているかもしれませんが、単体映画としてのカタルシスを損なっていると感じる人もいます。131分という長い尺を使って、結局元の場所に戻ってきたように見える展開は、脚本面で物足りなさがあると受け取られても仕方がありません。

ウィンストンの裏切りと納得できない結末

物語のクライマックスで、長年ジョンの味方であったウィンストンが彼を銃撃し、ホテルの屋上から突き落とすシーンは、多くのファンに衝撃と不快感を与えました。

これが「ジョンを助けるための芝居」なのか「保身のための真の裏切り」なのかという議論はありますが、いずれにせよ後味の悪さが残ります。

ジョン・ウィックシリーズの魅力は、ジョンの孤高な戦いとそれを支える奇妙な友情にありましたが、本作の終わり方はその信頼関係を根本から揺るがすものでした。エンディングが「続きは第4作で」という強引な引きに終始している点も、一本の映画として評価を下げる要因となっています。

日本描写や日本語が不自然すぎる違和感

日本人視聴者の中には、本作の評価を下げる要因と感じたのが、劇中に登場する「なんちゃって日本」の要素です。寿司屋の板前を装った暗殺者集団や、ネオン過剰なサイバーパンク風のビジュアルは、海外から見たステレオタイプな日本描写の域を出ていないと受け取られることがあります。

監督のアニメや日本映画へのリスペクトは感じられますが、あまりに現実離れした描写は、作品が持っていたハードボイルドな世界観を壊し、B級映画のような安っぽさを演出してしまったと感じる人もいます。

特に、敵役のゼロやその弟子たちが話す日本語に違和感を覚えた視聴者もいました。シリアスな殺し合いの最中に片言に聞こえる日本語が飛び交うシーンは、没入感を削ぎ、失笑を誘ってしまったと受け止められることもあります。

キアヌの動きの変化を指摘する声

アクション映画の金字塔である本シリーズにおいて、キアヌ・リーブスの動きに以前と違う印象を受けたという声が見られたのは、残念なポイントとして語られることがあります。

撮影当時のキアヌは50代半ばで、第1作で見せたようなキレのある動きと比較すると、どうしても重さや遅さを感じたという感想もありました。

特に、高い身体能力で知られるヤヤン・ルヒアンのような相手と対峙するシーンでは、相手がキアヌの動きを待っているように見えるという指摘もあります。

こうした見え方によって、高度なスタントが「決まった振付をこなす演舞」に見えてしまい、タクティカルな緊張感が薄れたと感じる人もいたのです。

つまらないと感じる冗長な戦闘シーンの連続

本作のアクションは、一つひとつのシーンが非常に長く設定されています。コンチネンタル・ホテルでの防衛戦や、モロッコでの銃撃戦など、20分近くアクションが続く場面もあります。

スタント自体のクオリティは高いのですが、物語の進展がないまま延々と続く殺戮描写は、視聴者に「アクション・ファティーグ(飽和状態による疲労)」を引き起こします。

「凄いのは分かったから早く話を進めてほしい」と感じてしまうと、映画は途端につまらないものに変わります。緩急のない過剰なアクションの連続が、結果的に作品の質を「ひどい」と感じさせる原因の一つになっています。

ジョンウィックパラベラムがひどいか徹底検証

批判的な意見がある一方で、本作にはシリーズの進化を感じさせる挑戦的な要素も含まれています。ここでは、否定的な評価の裏側にある制作陣の意図や、評価すべき点についても触れていきます。

ハルベリーと犬のアクションが放つ芸術性

批判の声がある一方で、ハル・ベリー演じるソフィアと2頭の犬によるコンビネーション・アクションは、これまでの映画史にない新しい映像体験を提供してくれました。単なる添え物としての動物ではなく、ジョンやソフィアと同期して敵を追い詰める犬たちの動きは、緻密なトレーニングの賜物です。

犬が股間を狙う、障害物を利用して飛びかかるなどの独創的なアクションは、アクション映画の可能性を広げた芸術的な試みとして評価されるべきポイントです。

ただし、このシーンもやはり「長すぎる」という批判は免れません。演出の斬新さと、尺の長さのバランスが、評価を二分する結果となったと言えるでしょう。

忍者ゼロや裁定官のキャラ設定への不評

本作から登場する「裁定官」や、日本人の暗殺者「ゼロ」というキャラクターは、これまでのシリーズにはなかった漫画的な誇張が目立ちます。特に裁定官は、直接的な戦闘能力がないにもかかわらず高圧的な態度を取るため、アクション映画の悪役としてのカタルシスを得にくい存在です。

ゼロに関しても、ジョンへの過剰なリスペクトがコメディ的に描かれており、これが「クールな殺し屋の世界」を求めていた層からは「安っぽい」と不評を買うことになりました。キャラクターの個性が強くなりすぎたことで、世界観のリアリティが崩壊してしまったのです。

意味不明な砂漠の長老と指を捨てる犠牲

砂漠を彷徨い、暗殺者連合の頂点に立つ長老に会うというシーケンスは、多くのファンが「意味不明」と感じた部分です。ファンタジー色が強まった設定もさることながら、最大の問題はその結末にあります。

ジョンは「生きて愛する妻の記憶を守る」ために指を切り落として忠誠を誓いますが、その直後にその誓いを破ってしまいます。

この一連の流れは、ジョンのキャラクター性をブレさせて見せ、ストーリーの整合性を欠いています。結局戦うのであれば、砂漠での犠牲は何だったのかという不満が出るのは当然の帰結です。

不死身すぎて緊張感が欠如したジョンの描写

第1作のジョン・ウィックは、最強ではあるものの、傷つき疲れ果てる一人の人間として描かれていました。

しかし本作では、走行中のバイクから落ちても、馬に蹴られても、さらにはビルの屋上から転落してコンクリートに叩きつけられても生きているという、超人的な「プロットアーマー」が顕在化しています。

作品名 ジョンの耐久力 リアリティの度合い
ジョン・ウィック1 重傷を負い、回復に時間を要する 高い(犯罪映画的)
パラベラム 屋上転落後も意識があり、すぐに反撃を誓う 低い(スーパーヒーロー的)

この耐久力のインフレは、映画としての緊張感を削ぎ落としてしまいました。どんな攻撃を受けても死なないと確信できてしまうと、戦闘シーンの重みは失われてしまいます。

終わり方が次作への繋ぎに見える徒労感

結局のところ、本作は独立した一つの物語というよりも、「第4作に向けた長大なプロローグ」のような印象を拭えません。多くの謎が残され、状況がほとんど変わらないまま幕を閉じる構成は、映画館に足を運んだ観客に大きな肩透かしを食らわせました。

制作側としてはシリーズの寿命を延ばす戦略だったのでしょうが、個々のエピソードの完結性を重視する視聴者にとっては、非常に不誠実な作りに見えてしまったのです。この「続き物」としての性格が、単体としての評価を下げてしまいました。

ジョンウィックパラベラムがひどいと感じる声のまとめ

さて、ここまで見てきたように、ジョンウィックパラベラムをひどいと感じる声が生まれるのには、それなりの理由があります。物語の停滞、過剰すぎて疲れるアクション、そして不自然に見える日本描写など、シリーズの原点から離れてしまった要素が目立つと感じる人がいるのは事実です。

しかし、これらは「これまでにないアクション映画の極北」を目指した結果としての副作用とも言えます。本作を「映画」として観ると欠陥が目立ちますが、「スタントショー」や「ゲームの映像化」として観れば、これほど贅沢な作品は他にありません。

評価は人それぞれですが、本作の違和感を自分なりに整理することで、次作をより深く楽しめるようになるかもしれません。

正確な作品情報や公式の意図については、ぜひ公式サイトなどで監督のインタビューなどを確認してみてください。最終的に本作をどう捉えるかは、あなたの感性に委ねられています。

※本記事は公開情報をもとに内容を調整していますが、作品解釈や評価には個人差があります。

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