スタジオジブリの制作部門解体を経て、米林宏昌監督たちが立ち上げたスタジオポノック。その第一弾長編アニメとして注目を集めたのがメアリと魔女の花ですね。でも、ネットで検索してみると「メアリと魔女の花 ひどい」といった辛口の感想も見かけることがあり、これから観ようと思っている人はちょっと不安になっちゃうかもしれません。
実は私も、最初に観たときはジブリっぽさが強すぎて戸惑った部分もありました。ピーターへの過酷な実験シーンや、物語の鍵を握るおばあちゃんの過去、そして強烈なキャラクターの校長など、一度観ただけでは分かりにくい要素も多いんですよね。夜間飛行という花の名前が持つ意味についても、劇中ではサラッと流されがちです。
この記事では、なぜ「メアリと魔女の花 ひどい」という声が上がってしまうのか、その理由を冷静に分析しつつ、設定を深掘りすることで見えてくる作品本来の魅力を紹介します。この記事を読めば、モヤモヤしていたポイントがスッキリして、作品をより深く楽しめるようになるかなと思います。
- 作品がジブリの劣化コピーと言われてしまう構造的な原因
- ピーターの変身実験やおばあちゃんの正体に隠された裏設定
- 校長たちの行動原理と本作が伝えたかった真のメッセージ
- 低評価な意見の裏側にあるスタジオポノックの決意と展望
## メアリと魔女の花がひどいと言われる理由と既視感の正体

多くの人が「どこかで見たことがある」と感じてしまうのが、この作品の大きな特徴です。なぜこれほどまでにネガティブな意見が集まってしまったのか、視聴者が感じた不満の正体を、私なりの視点で整理してみました。
### ジブリ作品への過度な依拠が生んだ既視感の問題
映画を観ていて「これ、ラピュタじゃない?」「もののけ姫っぽいな」と感じるシーンが本当に多いんですよね。米林監督がジブリ出身なので、画風が似るのは当然なのですが、シチュエーションまで過去作を想起させる演出が多いのが、批判の一因になっているのかなと思います。
空から降ってくる少女、鹿のような動物に乗って移動する姿、巨大な樹木など、ジブリファンなら誰でも知っている名シーンを想起させる演出が目立ちます。これが「リスペクト」として受け入れられれば良かったのですが、受け止め方によっては「オリジナリティが弱い(既視感が強い)」という印象に繋がってしまったようです。
### 物語の構成と脚本の不整合に残るモヤモヤ感
ストーリー展開についても、少し強引に感じる部分がありました。特に前半の日常から魔法世界への移行に時間がかかる割に、後半のクライマックスは一本道でトントン拍子に進んでしまう印象です。魔法学校であるエンドア大学の背景や、なぜ夜間飛行にあれほどの力があるのかといった根源的な説明が少なめなことも、観客のモヤモヤに繋がっている気がします。
物語の設定を詳しく知りたい方は、映画本編だけでなく公式サイトや関連書籍も併せてチェックすることをおすすめします。映像だけでは語り尽くされていない設定が意外と多いですよ。
### 大人向けか子供向けか曖昧なターゲット層の弊害
この作品、見た目はキラキラしたファンタジーですが、中身は意外とエグいんですよね。特にマダムたちが進める実験の描写は、小さなお子さんには少しトラウマになるレベルの不気味さがあります。その一方で、勧善懲悪の結末が少し曖昧だったりするので、大人が観ると物足りず、子供が観ると怖いという、どっちつかずな印象を与えてしまったのかもしれません。

### カタルシスが欠如した物語の収束と幕切れの違和感
映画の最後、悪役たちが明確な報いを受けるわけでもなく、なんとなく終わってしまう感じがした人も多いのではないでしょうか。いわゆる「スッキリ感」が薄いんですよね。明確な「倒すべき悪」との決着というよりは、事態が収束しただけのように見えるため、エンディングで何を観せられたのか分からなくなった、という感想に繋がっている気がします。
### メアリの行動原理と成長に対する共感の難しさ
主人公のメアリについても、好みが分かれるところです。彼女の行動は好奇心から来る「やらかし」が多く、それが原因でピーターが危機に陥るため、観ていてイライラしてしまう人もいるようです。過去のジブリヒロインたちが自分の力で困難を切り開いてきたのに対し、メアリの成長は「運」や「周囲の助け」に依存しているように見えちゃうのが、共感しにくいポイントかもしれません。
## メアリと魔女の花はひどいのか深層設定から魅力を再検証
批判的な意見がある一方で、設定を深く読み解くと、実はスタジオポノックの強いメッセージが込められていることも見えてきます。ここでは、特に重要なキーワードを掘り下げてみます。
### メアリと魔女の花のピーターへの実験が内包する怖さ
劇中で最も衝撃的なのが、少年ピーターを使った変身魔法の実験シーンですね。ドクター・デイが行っていたのは、夜間飛行の力を使って生物を別の何かに作り変えるという、まさに禁忌の領域でした。ピーターが青いエネルギー体に飲み込まれていく描写は、科学と魔法が融合したグロテスクな恐怖を感じさせます。

この実験は、「他人の個性を消して、自分たちの都合の良い道具に変える」という、マダムたちの独善的なエゴを象徴しているようにも見えます。メアリが最後に見せた「魔法を無効化する」という選択は、この個性の消失に対する最大の反抗だったと言えるでしょう。
### メアリと魔女の花のおばあちゃんの正体と過去の真実
メアリが住む赤い館の主人、大叔母さま(おばあちゃん)の正体は、かつてエンドア大学に関わっていた「赤毛の魔女」シャーロットです。彼女は魔法の恐ろしさを誰よりも知っており、それゆえに魔法と距離を置いた生活を送っている人物として描かれます。なお、夜間飛行については、メアリが偶然(猫に導かれて)手にしてしまう流れになっており、シャーロットが意図的に「託した」と断定するよりは、状況の中でメアリが巻き込まれた、と捉えるほうが自然でしょう。
### メアリと魔女の花の校長が体現する教育の歪みと執着
マダム・マンブルチューク校長は、一見すると熱心な教育者ですが、その本質は「才能」という素材にしか興味がない冷酷な研究者として描かれています。彼女が教える「姿を消す魔法」は、個性を捨ててシステムに埋没することを強いるメタファーのようにも感じられます。校長がメアリの赤毛を絶賛したのは、人間性ではなく、単に「強力な魔力の器」としての価値を認めただけだったのが皮肉なところです。

### メアリと魔女の花の花の名前と夜間飛行に隠された由来
物語のキーとなるあの花、正式には「夜間飛行(フライバイナイト)」と呼ばれています。庭師のゼベティじいさんがそう呼んでいましたね。作中や関連情報では、恐れられ、求められてきた禁断の花として扱われており、(解説やファンの間では)別名が語られることもあります。ただし、別名や由来の詳細は媒体によって扱いが異なる場合があるため、ここでは「夜間飛行」という呼称と性質を中心に見ていきます。7年に一度しか咲かないこの花は、一夜限りの万能感を与えてくれますが、それはあくまで「借り物の力」であることを象徴しています。

| 呼称 | 由来・特徴 |
|---|---|
| 夜間飛行 | 一夜限りの魔法の力を象徴する呼び名 |
| 龍の舌 | (解説などで語られることがある)金色の雌しべが龍の舌のように見える形状から |
| 魔女の鈴 | (解説などで語られることがある)つり鐘型の花びらが魔女を呼び寄せるとされる |
### 魔法を捨てる選択とスタジオポノックの自立の意味
ラストシーンでメアリが最後の一輪を空に放り投げるシーン、あれは「ジブリという魔法」から卒業しようとするスタジオポノック自身の決意表明のようにも受け取れます。便利な魔法(ジブリのブランドや手法)に頼らず、自分たちの手で新しいアニメーションを作っていくという覚悟。そう考えると、あのあっさりとした幕切れも、新しい一歩を踏み出すための通過儀礼のように思えてきませんか?

米林監督は、インタビュー等でも「魔法が解けた後の世界をどう生きるか」といったテーマに触れており、本作はまさに、魔法という大きな庇護を失った後の、私たちの等身大の勇気の物語として読むこともできます。
### メアリと魔女の花がひどいという評価を超える作品の価値
結局のところ、「メアリと魔女の花 ひどい」という感想を抱くかどうかは、その人が作品に何を求めていたかによるのだと思います。確かに脚本の荒さや既視感を指摘する声はありますが、圧倒的な作画クオリティや、メアリが自らの意志で魔法を拒絶する成長のドラマには、他の作品にはない輝きがあります。低評価な口コミだけで判断せず、ぜひ一度、背景にある「魔法との決別」というテーマを意識して観てほしいなと思います。きっと、一味違った感動が見つかるはずですよ。

※映画の解釈や感じ方は人それぞれです。正確なストーリー詳細や公式設定については、ぜひ公式サイトや劇場パンフレット等でご確認ください。最終的な作品の評価は、ご自身の目でお確かめいただくのが一番かなと思います。
【重要】本記事は作品内容をもとにした考察を含みます。情報の取り違えや解釈の幅が生じる可能性もあるため、万が一誤りがあるといけないので、必ず公式情報(公式サイト・公式パンフレット・公式発信のインタビュー等)でご確認ください。


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